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ごっちん卒業に寄せて



ごっちん卒業に寄せて 2002/8/3

ASAYANはちらっと見てました。娘。デビュー前から。
名古屋なんかもちらっと見た記憶があります。でも、毎週チェックするようなそんな感じではまだなかった。

本格的に娘。にはまったのは『モーコー』でした。
元来、ハモり系が好きなhowは、テレビから流れてきた1つのグループに惹きつけられました。そのころから、毎週ASAYANを見るようになっていきました。そして、どんどんこのグループを好きになったのです。

でも、まだまだ隠れ娘。ファンだったように思います。テレビをチェックして、ネットで書き込みするくらいのファンでした。

一応、やぐ推しとか言ってましたけど、5人の、8人の、7人の、娘。たちが好きでした。

そんなとき。
初めて見たのは娘。加入前でした。
金髪の13歳とは思えないルックスの彼女は、その目立つ容姿以前に、僕には輝いて見えました。正直、あの金髪には抵抗がありました ^ー^; でも、なんだかついつい、目がそこにいっている自分がありました。

だんだん、だんだんと彼女への比重が大きくなっていきました。
でも、ひねくれ者ゆえ、彼女の人気があがればあがるほど、彼女に対してムリしてハマッテはいけないと思っているような自分がありました。

決定打は『赤い日記帳』の頃でした。赤い日記帳の舞台裏を追いかけているカメラ。
その中の彼女は、思い悩みながらも天真爛漫なかわいさが溢れていました。あぁ、なんだかわいいじゃないか!と気づかされました。
カメラを紙で遮って真っ暗な中から、ジャンといたずらに飛び出してきた彼女を見た瞬間、その時僕のハートは盗まれました。

そこから、テレビだけでなくラジオなどあらゆるメディアをチェックするようになっていきます。プッチモニダイバーには、そんな彼女のかわいさが満載でした。ますます、彼女にはまっていきました。

いつしかごま推しを公言するようになっていたのです。

そして、
卒業。

少し唖然としました。自分に対して。
そんなに悲しくないのです。愛する娘。から卒業者がでるというのに。それも、
もっとも愛するごっちんが卒業するのに。今までのどんな卒業よりも悲しくない。

いつのまにか、「後藤真希」への愛情が「モーニング娘。」への愛情を超えていたようです。
今回の事で改めて気づかされました。

「後藤真希」は新たな自己表現への挑戦の扉を開きます。
「モーニング娘。の」という肩書きは彼女にとって、安心できる守ってもらえるものであると同時に、時に傷つき、思い悩むものでもありました。自分はこうじゃない、と何度口に出してきたことでしょう。

ごっちんは、「モーニング娘。の」という肩書きの外れた「後藤真希」をこれから表現していくことになります。それは、彼女自身の求める自己の表現への道です。

その道は長く険しいものでありましょう。
「ゴマキ」というマスコミに定着してしまっている彼女の姿は、「モーニング娘。の」という肩書きが外れた後もついて回るでしょう。「ゴマキ」というマスコミ用語は、彼女のこれまでの成功を現すものでもあり、これからの期待をも現すものなのですから。。。

しかし、ごっちんなら、と思うのです。だから寂しさや悲しさよりも、どんな新しい「後藤真希」を見せてくれるのか。その期待感、わくわく感が上回っているのです。

howは、ごっちんが「後藤真希」の自己表現の道を歩き続ける限り、ごっちんを応援し続けていきます。愛しつづけます。

どんなに厳しく長い道のりでも、そこに「後藤真希」がある限り。。。

♪大丈夫、きっと大丈夫。